この度は『迷ったら 楽しい方を えらぶのが いいと思う』にお越し下さり誠にありがとうございます。 KIKU / 菊と申します。

2017年5月から、徒然な日常を拙い文章ながら綴っております。更新は不定期です。

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ご清覧ありがとうございました。


暑中お見舞い申し上げます

今年はずいぶんと暑い日が続いておりますが、皆様お変わりありませんでしょうか? 私はこの暑さに少し夏バテ気味です。

来月は色々と忙しくなりそうな雰囲気なので、ここは体力を温存しておきたいところなのですが、既に残り僅かとなっております。

何はともあれ、無事にこの暑さを乗り切れたらと思っております。

暑さ厳しき折、皆様もどうか御身体にお気をつけてお過ごしくださいませ。

 

kiku38d.hatenablog.jp

本日は上述の記事で言及いたしました、仏教行事の盂蘭盆会(うらぼんえ)施餓鬼会(せがきえ)についてお話したいと思います。

(宗派によっては施餓鬼会を施食会(せじきえ)ともおっしゃると思います。)

これらは由来は違いますが共通点が多いです。また多くの寺院でお盆のこの時期に執り行われることが多いので、混同してしまうことがありませんか?

 

まず、一般的に「お盆」とは盂蘭盆会のことを指しております。

盂蘭盆は、各家の先祖の精霊を自宅に向かい入れてお祀りする行事です。

盂蘭盆の語源は、古代インド語のサンスクリット語で「逆さ吊り」を意味する"ウランバナ"だと言われております。つまり、「逆さまに吊るされるような苦しみから救う」ことが目的です

(ちなみに近年では、古代イラン語のアヴェスター語で「霊魂」を意味する"ウルヴァン(urvan)"が語源だとする説もあるようです。)

 

由来は中国で成立したとされる盂蘭盆経という仏教の教典によります

ある時、お釈迦様の十大弟子で神通第一の目連(もくれん)尊者が、父母の養育の恩に報いるために神通力で亡き父母を探すと、母親が餓鬼道で骨と皮ばかりに痩せ衰えておりました。

それを見た目連は食べ物を鉢に盛り母親に差し出しました。しかし、母親が食べようとするとそれらは口のところで火に変わってしまい食べることができません。

目連尊者はお釈迦様に助けを求めます。

お釈迦様は「目連の母が餓鬼道に堕ちたのは我が子への愛情が自己中心的となった罪過があまりに深いからである。それを救うには90日間の雨季の修行を終えた僧たちが7月15日に集まって自恣(じし;≒反省会)を行うから、その者達にごちそうを振舞い、心から供養しなさい」と仰りました。

目連尊者がその通りにすると、彼の母親は餓鬼の苦しみから救われました

これに感動した目連尊者は、この習わしをのちにまで残したいと申し出ました。

お釈迦様は「同じように、7月15日に色々な飲食(おんじき)を盆に盛って、仏や僧や大勢の人々に供養すれば、その功徳により多くのご先祖が苦しみから救われ今生きている人々も幸福を得ることができよう」とお説きになりました。

 

この教えが日本に伝わり、古来からある精霊信仰などどあいまって、現在のようなお盆になったと思われます。

日本では606年、推古天皇の時代に飛鳥寺(法興寺)で催されたのが最初だと伝えられております

また、精霊棚を作るようになったのは江戸時代からのようです。インドの精舎(しょうじゃ)のように竹で囲い、多くの食事を施し、僧侶が読誦するようになったそうです。

 

それでは一方の施餓鬼会はどのような法会(ほうえ)なのでしょうか?

施餓鬼会は文字通り、「餓鬼道に堕ちた衆生(しゅじょう;=全ての生きとし生けるもの)のために食べ物を施すことで餓鬼を救う」ことが目的です。

餓鬼は常に飢えと渇きに苦しんでいる亡者のことを指します。生前において、強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為をした衆生が生まれ変わると言われております。

お盆の時期に行われることが多いですが、本来は期日を定めずに随時行う法会であったようです。

 

これは「救抜焔口餓鬼陀羅尼経(ぐばつえんくがきだらにきょう)」に次のように説かれております。

お釈迦様の十大弟子で多聞第一と称される阿難(あなん)尊者の修行中に突然、餓鬼が現れて「三日後に阿難の命は尽き、餓鬼道に赴く」と告げました。

そこで阿難尊者は餓鬼にどうすれば命長らえることができるのかと尋ねると、「無数の餓鬼と数千の僧に食事を施せば、その功徳により阿難の寿命が延び、かつ餓鬼も苦身から逃れることができる」と答えました。

しかし、そのような金銭がない阿難尊者はお釈迦様に助けを求めます。

するとお釈迦様は「観音菩薩から授かった真言を七回唱え、一心に祈れば少量の食べ物がたくさんになる。これを無数の餓鬼に施しなさい。こうして供養すれば多くの餓鬼が苦身を逃れ天上(てんじょう)に生まれ変わるだろう」と仰りました。

阿難尊者が早速その通りにすると、全ての餓鬼に食を施すことができ、阿難尊者は寿命を延ばすことができました。

 

施餓鬼会はこの説話に基づいて、餓鬼のための供養を行います。

日本では特に先祖代々や広く帰るところのない無縁の諸精霊の供養を行います。

これらの精霊に施す功徳は施主やその先祖の精霊まで及び、施主は寿命を延べ功徳を積むと同時に、先祖の追善供養にもなると言われております。