この度は『迷ったら 楽しい方を えらぶのが いいと思う』にお越し下さり誠にありがとうございます。 KIKU / 菊と申します。

2017年5月から、徒然な日常を拙い文章ながら綴っております。更新は不定期です。

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お中元

最近、街中やインターネットでは、早くもお中元のお品が陳列されております。KIKUは今年、お世話になっている方々にゼリーを贈ろうと計画中でございます。

 

 

日本のいわゆる『お中元』は、親しい方やお世話になった方への贈答の意味合いが濃いのですが、本来は中国の北魏時代に始まった道教の「中元節(ちゅうげんせつ)」の名残です。

陳子椿(ちんしちん)という美貌の男に竜王の三人の姉妹が恋をして、それぞれが男児を生みました。 三人の男児は皆、神通力や法力を持ち合わせていたので、最高神原始天尊(げんしてんそん)が、長男を天官、次男を地官、三男を水官に任命して下界に遣わしました。この三人を三官大帝(さんかんたいてい)とおっしゃります。

そして三官大帝のお誕生日をそれぞれ、『上元(じょうげん)』『中元(ちゅうげん)』『下元(かげん)』と言います。そして、この三つの日をを総称して『三元(さんげん)』と呼んでおります。

 

『上元』1月15日。長男である天官大帝(てんかんたいてい)/賜福大帝(しふくたいてい)のお誕生日で、天の神々を統率して人々に福を与えます

『中元』7月15日次男である地官大帝(ちかんたいてい)/赦罪大帝(しゃざいたいてい)のお誕生日で、地の神々を統率して人々の罪を許しました

『下元』10月15日。三男である水官大帝(すいかんたいてい)/解厄大帝(かいやくたいてい)のお誕生日で、水の神々を統率して人々の厄災を取り除きました

 

道教では、『中元』を様々な罪が赦される贖罪の日として、一日中、贖罪の気持ちを込めて陸地(=中元)にて火を焚いて神を祭る盛大なお祭りが行われておりました。これは後に生者の罪の赦しから死者の罪を赦すことを願う日へと変化していきました。

地官大帝は地獄を司る神様です。この日は地獄の釜が開き、地官大帝の誕生日に恩赦を得た亡者が地上に現れると言われておりましたので、亡者が悪さをしないように供え物をしてもてなし、祈りました

仏教では、同じ日に祖先の霊を供養する盂蘭盆会(うらぼんえ)』を催すため、祖先の霊にお供え物をしておりました(『盂蘭盆会』については違う機会にお話致したいと思います。→こちらです。 )

その後、祖先の霊を供養するとともに、生きた魂も供養する考え方に変化していきました。親族や近所の人々の間で霊前に供えるお品を取り交わす習慣が生まれました。

さらに、日本の古神道。こちらでも祖先を供養する風習がありました。「七月朔日には地獄の釜の蓋が開く」という伝承を聞いたことがある方も多いと思います。旧暦7月1日を『釜蓋朔日(かまぶたついたち)』と言い、精霊たちが地獄から戻ってくる季節の始まりとしております。 (ちなみに、旧暦7月30日に釜の蓋がしまると言われております。)

地獄から出てきた精霊たちは子孫たちの待つ家へ向かいます。子孫たちは目印に『迎え火(むかえび)』を焚いて迎えます。そして送り火(おくりび)』を焚いて精霊たちを送ります。

これらの行事は神仏習合(しんぶつしゅうごう)などを経て混同され、親族やお世話になった方々に感謝の気持ちを込めて仏様に供える贈り物をする独自の風習が生まれました。江戸時代以降になるとこの風習はさらに盛んになりました。そして、現在のような『お中元』という習慣が出来上がったようです。